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正林真之×IPFbiz ~特許業界の偉人(異人)~

      2015/11/04

対談シリーズ第22回目は、正林国際特許商標事務所(以下、正林事務所)所長弁理士の正林真之先生です。

“正林メソッド”で知られた弁理士試験講師として認識している人も多いかもしれませんが、短期間で事務所を国内有数の規模にまで拡大させた敏腕所長・経営者です。
特許事務所ながら、調査解析や知財DDなどに力を入れたり、年金管理や翻訳の子会社を持ったり、また、派閥の外から弁理士会副会長に当選することで、弁理士会の派閥文化に風穴を開けた人でもあります。

そんなちょっと変わった人、正林先生に、事務所独立に至るまでの経緯や、事務所拡大のポイント、弁理士業界のことなど、話をお伺いしました。

正林真之

事務所独立までの紆余曲折

安高:正林先生、よろしくお願いいたします。正林事務所は、他の特許事務所と比べると業務範囲も広く、少し変わった特許事務所で急拡大しているように見えます。
まずは、事務所の独立開業に至った経緯から教えていただけますか。

正林:はい、どうも周りからは用意周到にやったように見えるようですが、実際はかなり偶然によるものなんですよ。
まず、弁理士資格を取ったのは、大学院を中退した後なのですが、途中で大学院を辞めたから仕方なく資格を取ることにしたという理由です。

安高:大学院を中退したのは、何か理由があったのですか?

正林:上の助手と合わなかったから、今ではアカデミックハラスメントなんて言葉もありますが、かなり酷い扱いを受けましたよ。
大学院の中退は、大学卒よりも評価されないだろうから、独立できるような資格を取ろうと思って、5大資格のうち理科系の資格は弁理士だけなので弁理士資格を取りました。

それから独立開業までも、決して順調なものではなくて、まず務め人(特許事務所の勤務弁理士)がダメで、協働経営もダメで、跡取りの話があった事務所がダメで、もう仕方ないから自分で独立開業にしたんですよ。

安高:順調に成功してきたようなイメージがあったので、ちょっと意外です。それぞれ、どんな風に問題があったんですか?

正林:特許事務所の務め人というのはやっぱり合わなくて、その後3人の協働で事務所をやったんですよ。ただ、協働だと、全員一致じゃないと進まないので、動きが遅いんですよ。例えば、ただパンフレットを刷ろうというだけでも、誰か一人が反対すると前に進まない。3人で協力するということは、その反作用として、お互い拘束し合う関係にもなるので。

安高:共同代表だと、上手くいくとパワーを発揮しそうですが、色々と難しい面もありそうです。その後の跡取りというのは、高齢な一人先生の事務所の事業承継を見据えての勤務弁理士ということですよね。

正林:ええ、跡取りの話は、最初のころは良かったのですが。実際にそこで働いてみると、ずっと一人でやってきた環境に入るものだから、やりにくくて。
家業でやっているものですから、家庭が入り込んできますし。業務に必要なものが全てその先生の周りにしかないんですよ。何を使うのも許可が必要でしたし。

また、仕事に対する考え方も相容れなかった。私がその事務所に隷属して当たり前だと考えられているんですよね。奥様に面と向かって、「あんた馬鹿ね。うちはお客をとれない弁理士は要らないの。お客をとれる弁理士を普通の待遇以下で雇って、それで初めて意味があるの。それが分からないの?!」と言われたときには、さすがに耳を疑いましたが、もうここにはいられないと思いました。どうも、長年一人で家族とともに仕事をしていると、そういう身勝手な考え方が身に沁みついてしまうようです。それで、半年で辞めました。

安高:事務所の承継という話自体は魅力的ですが、家庭に密着した事務所は、癖も強そうですね。それにしても、経緯が凄いですね。

正林:だから、もう仕方ないから自分で独立開業することになりました。その頃には、人に雇われるということに不信感すらを持つようになっていましたね(笑

安高:人に雇わられるのに向いていないようなイメージはあります(笑
でも、そういう経験は人を雇う立場になった今、活かされているんじゃないですか?

正林:そうですね、いい経験になりましたよ。事務所が小さな頃から従業員とは部屋を別にするようにしたり、新幹線などでは席を別にしたり。
また、いくつか子会社を持っていますが、子会社にはできるだけ自由度を与えています。

安高:最終的には独立したわけですが、弁理士資格を取ろうと思った時から、いつかは独立というのは頭にあったんですか?

正林:そうですね。上から本当に虐められてきたので。私は、上から可愛がられない何かがあるんでしょうね(笑

だから、リストラされましたなんていう人には、「チャンスはピンチの顔をしてやってくるものだから、分かりにくいけど、これはチャンスですよ!」って言うんですよ。
最初は「はあ?」って言われるけど、実は私はこうこうで、小突かれてここまでやってきたんだと言うと、逆に感心されますね。

創業期の苦労、営業

安高:事務所を開業したばかりの頃は、苦労もありましたか?

正林:独立したのは1998年ですが、これはアジア通貨危機があった年、つまり不況の真っただ中ですよ。これを見ても、どれだけ計画性なく独立したか分かりますよね(笑
だから、最初の頃は大変でしたよ。特に、顧客を得ることと、採用すること。ある程度大きくなるとそうでもないですが、最初はこの2つが何より大変でしたね。所員が一人二人だと、営業してもなかなか相手されないし。

安高:営業はどのようにされたんですか?

正林:これも、誤解している人がいて、当時から予備校の講師をしていたので、受験機関の関係で顧客を得ていると思っている人がいるようですが、そんなことは全くなかったですね。ただ採用は、教え子だった弁理士から採ることはありますけど。
営業は、例えば、お客様が参加するようなセミナーに自分も参加して、仲良くなってそこから仕事を貰ったりということですね。お客様と同じ立場で話して、仲良くなれますから。偶然ですが、当時何もできないこと、何も持っていないことが武器になりましたね。
今ではもう、同じことをやると、周りからビックリされますので、できないですが。

安高:正林先生がそういう営業をしていたというのは、今では想像しがたいです。他には何かありますか?DMを送ったりだとか。

正林:DMとか飛び込み営業というのは、ほとんど効果が無いですよ。もっと意味がないのは異業種交流会ですね。みんな仕事を求めているんだから、魚がいない割りに釣り人ばかりが多い池みたいなものです(笑

安高:確かに(笑 私も行ったことは無いのですが、それでも自分のできない仕事を紹介し合うという意味では価値があるのかなとも思っているのですが。

正林:士業同士の異業種交流会には意味がありますね。でも、商標業務ができないと意味がないですよ。司法書士さんが仕事の紹介をしてくれることはありますが、ほとんど商標の仕事ですからね。

あとは、そういう場面なんかで、商標を取る意味をしっかり説明できないといけない。

 

成功のポイント

正林:弁理士でも、なんで商標を取るのかと聞かれたときに、教科書的な回答しかできない人が多いですよ。
自分が権利を取らないことの最大のリスクは、相手に取られてしまうことです。特許の場合は相手に権利を取らせないために技術情報を公開することもあり得るけど、商標の場合には自分が権利を取ることが唯一の方法です。

他にも、商標権は減価償却できるから、例えば商標権の譲渡を使った相続税の節税なんかもできるわけですね。・・・
(※筆者注、知財を使った節税スキームの話、色々聞かせていただきましたが、詳細は割愛します。興味のある方は直接相談してみてください。)

安高:なるほど、きっと商標に限らず、なぜ出願する必要があるかということを、説得力と自信を持って説明できることが営業のポイントであり、ここまで拡大した成功のポイントでもありそうですね。

正林:「何故か」ということを徹底して考えることが、独立してやっていく上では重要ですよ。手続き的なことだけでなく。
あとは商標から派生した話で言うと、言葉の使い方にも重要なポイントはあります。私は所員には、カ行やダ行とか、命令形は使わないように教育しています。

安高:おっと、それはどういう意味ですか?

正林:これらの言葉はインパクトが強いでしょう。例えば、「お送り頂かなくて結構です」ではなくて、「お送り頂くには及びません」と変えるだけで、与える印象が変わります。
知財の専門家なんだから、商標の音(オン)にもこだわらないと。コンテンツもそうだけど、それをどう伝えるかも重要ですよ。
例えば、催眠術師は、絶対に命令形を使わないですよね。「降りてください」「手を下げてください」ではなくて「降りましょうね」「手が下がります」などと。
何を言うかよりも、どう言うかが重要だったりするんです。

安高:正林先生は、見せ方よりもコンテンツという、なんとなく剛腕経営者のイメージがあったので、ちょっと意外でした。細かい素振りから重要視されているのですね。

正林:弁理士が出願業務をするときにおける、誤字脱字とか期限の遅れの類のようなものです。そういう所でマイナスになるのはもったいない。

正林事務所の強み 3つの日本一

安高:正林事務所は、業務の内容としても他の事務所に比べて少し変わっているような印象を持っています。そういう面で、事務所の強みや特徴などを教えて頂けますか。

正林:途中から考え方が変わったところもありますが、特許事務所として、何か一芸を持たないとやっていけないと思って。よく言われるような顧客満足度で一番とかではなく、もっと分かりやすいものを。出願件数で一番とか弁理士の数が一番なんていうのは分かりやすいけど、これには時間がかかりますからね。
弊所では、3つの日本一を持とうと考えて、それが、①特許庁OBの数、②出版書籍の数、③調査解析能力の3つです。

安高:とても興味深いですね。それぞれ、理由を教えてもらってもいいですか。

正林:まず、特許庁OBの数は、偶然なんですけどね。急に伸びた事務所なので、中間処理の能力が足りないんですよ。あとは幹部が足りない。
そういうポジションに、特許庁のOBがぴったりで。管理職まで経験した方は、バランスがとれた人が多いですし。彼らには明細書の作成ではなく、意見書作成などの中間対応や、鑑定書、審判請求書などをやってもらっています。やっぱり彼らの鑑定書は完璧ですよ。
それで、せっかくだからOBの数で日本一を目指そうと思って、今は15人いますね。

安高:これは、特許事務所のアピールポイントとしては一つ分かりやすいですね。続いて出版書籍の数については?

正林:これは、事務所の評判を上げるためにも良いのですが、私以外の弁理士を有名にする道具としても優れているんです。希望者については、積極的に著者になってもらうようにしています。また、お客さんには、変なパンフレットを渡すよりも、実際に書店で売られている本を渡すほうが喜ばれます(笑
広告宣伝媒体としても、本は凄くいいなと思いますよ。だから、受験本も含めて、弊所では判例教室など、たくさんの書籍の出版をしています。それで、折角やるんなら一番を目指そうと思って。
安高さんみたいな、インターネットでの発信も良いことだと思いますよ。

安高:ネットを使うと簡単に好きなことが書けるし、比較的色んな人が見てくれます。情報発信をしていると、逆に色んな情報が入ってきたり、普通は会いにくいような人と会う機会ができたり、メディアの力は偉大だなと思います。
今はブログという、わりと軽い形式でやっているので、これとは別に、いわゆるメディアとしての知財情報サイトを作成しようとしています。

正林:安高さんも、ハードのほうも何かやったらいいですよ。弊所の判例教室なんかは、新しい人材の発掘も、重要な目的の一つです。

安高:ネットと紙とでは、見ている層も異なりますし、ハードの力というのもありますよね。ぜひ、何かあったら一緒にやらせてください。
さて、3つ目の調査解析能力についてはいかがですか?

正林:調査解析については、重要なことですから、図を描きながらお話ししますね。

 

弁理士の目指すべき領域

正林:まず、弁理士の業務をこのように分解してみましょう。
業務の種類としては、専権業務、つまり特許出願などの業務と、非専権業務とに分かれますよね。また、クライアントの層としては、権利化の経験がある中堅・大手企業と、権利化経験のまだ無い層とに分かれます。

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安高:既存の弁理士業務のほとんどは、権利化の経験のある企業に対して、出願業務をやっているので、左上のAの領域に集中している。ただし、ここは拡大が見込みにくい領域ですね。

正林:そうです。そして、旧来からの弁理士会は、これをBの領域に拡大しようとしていたのです。権利化経験のない中小・ベンチャー企業への拡大、しかしこれはトラブルも発生しやすく、決して容易な道ではありません。
むしろ、非専権業務への拡大が、目指すべき方向なんですね。Cの領域がいわゆる調査解析で、Dの領域は、それを応用したファンドへの知財DDなどが当たります。

安高:弁理士・特許事務所の「業務範囲」の拡大ですね。
出願件数が頭打ちの中、出願以外の業務は必ず必要となってくると思います。出願業務は労働集約型というか、いかに効率よく明細書を仕上げるかという勝負にもなってしまいがちなのかなと思います。非専権業務のほうが市場として拡大の見込みがあるということですね。

正林:もう一つ別の観点から見てみましょう。業務は、フロー事業とストック事業、また受注産業と見込み産業に分けることができます。
単発で仕事を受ける出願業務は、フローで受注、左上の典型例ですね。そして、これはビジネスでは最弱の領域です。右下の、ストックで見込みの領域を目指す必要がある。

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安高:フローが出願だとすると、ストックは、例えば税理士の顧問契約なんかが当たりますか。

正林:そうですね、また、うちでもやっていますが、年金ビジネスや、ノウハウを預かる仕事などもストックですね。また調査業務も、継続的に更新するということでストック型にしやすい業務です。
出願業務も、工夫によってストックに近くすることができる。切れないようにする仕組みが重要なんですよ。

安高:なるほど、フローからストックというのは良く分かりました。一方で、受注から見込みへの移動はどう考えればいいんでしょう?見込みというと、何かパッケージとしての商品メニューを作って、それを売るということですか?

正林:要するに、自分たちに価格決定権を持たせるようにすることです。弁理士会は、以前にあった出願業務などの標準価格表を撤廃しましたが、この結果、出願業務を見込み産業から受注産業にしてしまったんですね。
出願業務は、もはや標準化されていて、誰が書いても同じようなものになるから、見込み産業にはなりにくい。調査解析のほうが見込み産業になる可能性がありますよね。

安高:なるほど、よく分かりました。
それにしても、考え方が弁理士と言うよりは経営者ですね。

正林:弁理士業務を「ビジネス」とか「サービス業」として語ることは、旧来の弁理士先生からの反発は強いんですけどね。
でも、自分も経営者になって、会社の経営者の気持ちもよく分かって、経営のアドバイスなども出来るようになりましたよ。
事業をやっていくには模倣困難性をどう持たせるかが重要で、特許戦略はその手段の一つなんですよね。

今後の目標

安高:最後に、正林先生の今後の目標を教えてください。

正林:一つは、真っ当な人間が活躍できるようにしていきたいということ。もう一つは、変わり者が市民権を持てるようにしたいということです。

発明家などは変わり者が多いですが、そういう人が日の目を見れるようにしたい、その一つの手段が特許ですよね。そういう人をサポートしていかないといけない。理系がこつこつやって脚光を浴びる、そういうことには貢献したいですよね。

あとは、このまま特許事務所の所長で終わるのかな、という悩みもあって、ベンチャーの会社を立ち上げて、今はベンチャー企業の会長をやっています。サポートをする側ではなく、サポートされる側、自分で新たな価値を自ら作り出す側もやってみたいなと。

安高:新しい思いが尽きないですね。今後も、特許事務所のパイオニアであることを期待します。今日はありがとうございました!

 

 - 知財戦略

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