知的財産推進計画2016のポイント解説
知的財産推進計画2016の案が出ました。
簡単にポイントを解説しようと思います。
第1.第4次産業革命時代の知財イノベーションの推進
1.デジタル・ネットワーク化に対応した次世代知財システムの構築
基本的には、「次世代知財システム検討委員会」で検討されたテーマが推進計画に落ちてきた感じです。
重要項目の一番多い箇所かと思いますので、少し詳しくピックアップします。
<<デジタル・ネットワーク時代の著作権システムの構築>>
(イノベーション促進に向けた権利制限規定等の検討)
色々と名前を変えながら、議論されては骨抜きの軟着陸を繰り返す日本版フェアユース(柔軟性のある権利制限規定)。
「柔軟性のある権利制限規定について、次期通常国会への法案提出を視野に、その効果と 影響を含め具体的に検討し、必要な措置を講ずる。」ということなので、法改正に前向きな言及はされています。
ただし、「その対策についても一つの政策手段で全てを解決しようとするのではなく、無償の権利制限 規定、報酬請求権付きの権利制限規定、著作権等の集中管理、著作権者不明等の場合の裁 定制度など多様な政策手段の中から適切なものを選択し、課題に対し柔軟に解決を図る「グラデーションのある取組」を進めていくことが必要である。」ということから、広くて柔軟な権利制限規定がぼこっと入るというよりは、もう少し複雑な議論がされそう。
また、リバースエンジニアリングについても、昨年に引き続き言及されています。
(著作権者不明等の場合の裁定制度の更なる改善)
省略
(円滑なライセンシング体制の整備・構築)
保護利用小委の続きですね。
どうも拡大集中許諾制度に過度の期待がされているように感じます。
「音楽集中管理センター」(仮称)は良いものが出来上がればいいのですが。
(持続的なコンテンツ再生産につなげるための環境整備)
これも保護利用小委の続き。
私的録音録画補償金制度をどうするかという話ですが、なかなか着地点が見える気がしません。
(教育の情報化の推進)
教育のICT利活用を、著作権制度が足を引っ張ることのないように、ぜひ簡便な制度にしてほしい。
<<新たな情報財の創出に対応した知財システムの構築>>
(人工知能によって自律的に生成される創作物・3Dデータ・ビッグデータ時代のデータ ベース等に対応した知財システムの検討)
メディアの報道では、AI創作物の保護のための新しい法制度を作るようなニュアンスで書かれていましたが、推進計画の記載は「AI創作物や3Dデータ、創作性を認めにくいデータベース等の新しい情報財について、 例えば市場に提供されることで生じた価値などに注目しつつ、知財保護の必要性や在り方について、具体的な検討を行う。」と、あくまで”検討”を行うということ。
次世代知財システム委員会の報告書を見ても、直ちに法改正が必要とするまとめには見えなかったので、しばらくは大きな法改正はしないのではないかと予想。
(データの共有・利活用に関する環境整備)
(オープンサイエンスに対応する知財システムの検討)
(産業構造の変化に対応した産業財産権制度等の構築)
重要そうだけど、具体的にはいずれもよく分からない。
<<デジタル・ネットワーク時代の知財侵害対策>>
リーチサイト、知財侵害サイトへのオンライン広告対策、サイトブロッキング、ネットワーク関連発明の越境侵害行為、知財侵害行為のプラットフォーマーとの連携、と、非常に重要で影響の大きい項目。
これらがはっきりと推進計画に乗ったのは大きいですね。どうなることか。
個人的には一番注目している項目です。
2.オープン・イノベーションに向けた知財マネジメントの推進
・オープン・イノベーションの促進のための産学連携、産産連携(大企業と中小企業の連携)の強化、オープン・イノベーションを念頭に置きつつ、オープン&クローズ戦略を軸とするより精緻な知財マネジメントの実践とそれを支える戦略的な標準化、営業秘密保護の強化 等
「IoTの国際標準戦略の推進」というのが少し気になります。
第2.知財意識・知財活動の普及・浸透
1.知財教育・知財人材育成の充実
・“国民一人ひとりが知財人材”を目指し、初等中等教育段階から高等教育段階まで発達段階に応じた系統的な知財教育の推進、地域・社会と協働した学習支援体制構築、知財教育を進めるための基盤整備 等
「知財科目を全学必修化した山口大学を参考に、各大学での知財科目の開設等の自主的な取組を促進」ということです。実際に大学の非常勤講師をやって思ったのは、学生さんに知財への興味を持ってもらうには、教え方に工夫が必要。
2.地方、中小企業、農林水産分野等における知財戦略の推進
・「地方知財活用促進プログラム」(「知的財産推進計画2015」)に沿った、「知財活用途上型」中小企業に対する知的財産の普及・活用支援の強化、「知財活用挑戦型」中小企業に対する海外展開支援等の強化、GI活用など農林水産分野等の知財戦略の推進 等
「知財ビジネス評価書」は引き続き推進していくようです。金融庁からの事業性評価に基づく融資という強い旗振りもあり、段々影響力が高まっているような気がします。実はうちの事務所も、知財ビジネス評価書の作成機関に選定されました。
また、「弁理士が「知的財産に関する専門家」として、オープン&クローズ戦略等の標準化や営業秘密としての秘匿化も含めた知的財産の保護・活用の支援を行っていくための環境整備として、同内容に関する弁理士向けの研修を一層充実させるとともに、出願業務に依存した収益構造の見直しに向けた取組の強化を図る。」という項目が乗るのは凄い。収益構造の見直しか。
第3.コンテンツの新規展開の推進
1.コンテンツ海外展開・産業基盤の強化
・「クールジャパン官民連携プラットフォーム」を活用したコンテンツ産業と非コンテンツ産業の連携強化の推進、コンテンツ海外展開の継続的推進、コンテンツ産業基盤の強化 等
クールジャパンや、模倣品・海賊版対策は、引き続き推進。
2.アーカイブの利活用の促進
・国立国会図書館、関係府省の連携の枠組みの下でのアーカイブ間の連携促進、各分野のアーカイブ構築の促進、アーカイブ利活用のための基盤整備の推進 等
これも重要なテーマで、じわじわと進んでいるように感じます。
第4.知財システムの基盤整備
1.知財紛争処理システムの機能強化
・イノベーション創出に重要な特許権に関する侵害訴訟を念頭に置いた、適切かつ公平な証拠収集手続、ビジネスの実態・ニーズを反映した損害賠償額の実現、権利付与から紛争処理プロセスを通じての権利の安定性の向上などの知財紛争処理システムの機能強化、中小企業や地方での司法アクセスに対する支援、情報公開・海外発信 等
「知財紛争処理システム検討委員会」で検討された内容です。個別にピックアップして解説します。
<<知財紛争処理システムの機能強化>>
(適切かつ公平な証拠収集手続の実現)
証拠収集手続きの強化については、現実的に実現されそう。
(ビジネスの実態やニーズを反映した適切な損害賠償額の実現)
「現行特許法第 102 条第3項に関して、通常の実施料相当額を上回る損害額の算定がより容易にできるようにするための考慮要素の明確化について、産業界を始めとした関係者の意見を踏まえつつ、具体的に検討を進め、2016 年度中に法制度の在り方に関する一定の結論を得る。」ということなので、一応、法改正も視野に入れた継続検討がされるよう。
1項、2項も「寄与率」という問題があるのですが、こちらは俎上に乗らなかったのでしょうか。現状と課題のほうでは言及されているのですが、今後取り組むべき施策の項目からは落ちてしまっているようです。
「最低保障額としての通常の実施料相当額の認定の基礎として活用できるようにするため、 通常の実施料のデータベース等の作成について、その可否も含めて具体的に検討を進める。」というのは、ぜひ進めてほしい。実施料データベースの決定版を作って公表してくれると、実務としては有り難いですね。
(権利付与から紛争処理プロセスを通じての権利の安定性の向上)
侵害訴訟における特許庁に対する求意見制度、権利の逐次安定化を図るための特許庁における有効性確認手続、侵害訴訟における訂正審判請求等を要件としない訂正の再抗弁、明らか要件の導入、など。
2.世界をリードする審査の実現によるグローバル事業展開支援の強化
・世界最速・最高品質の審査の実現、海外知財庁との連携や新興国の知財制度・運用整備支援など国際連携の推進、特許行政サービスの質の向上 等
目玉となるのはTPP協定の実施のために必要な知財制度の整備。
以上、解説というか、感想めいたものになってしまいましたね。
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