鮫島正洋×IPFbiz ~知財の力で下町ロケットは飛ぶか~
対談シリーズもとうとう20回目まで来ました。今年から初めて20人、改めて一覧で見るとそうそうたる方々とお話しさせて頂いたものです。
そして記念すべき対談シリーズ第20回目は、知財系弁護士といえばこの人、内田・鮫島法律事務所パートナー弁護士・弁理士の鮫島正洋先生です。
エンジニアから、弁理士を経て弁護士になったという、生粋の技術知財系弁護士です。知財戦略の第一人者で、2012年には知財功労賞も受賞されています。
池井戸潤のベストセラー小説「下町ロケット」の神谷弁護士のモデルということでも有名ですね。
TBSでの「下町ロケット」ドラマ放映を間近に控える今、どのように下町ロケットが生まれたのか、現実における知財の活用と、内田・鮫島法律事務所開業に至るまでの経緯などの話をお伺いしました。
エンジニア⇒弁理士⇒弁護士の理由
安高:鮫島先生、よろしくお願いします。話題になっている下町ロケットの話など聞かせていただきたいのですが、まずは、鮫島先生のこれまでの仕事の経歴について教えてください。
弁護士で、ついでに弁理士も登録しているという弁護士・弁理士さんは多数いますが、弁理士試験を合格して弁理士登録をした後に、弁護士試験に合格されるという純粋な弁護士・弁理士は珍しいですよね。
エンジニアから、なぜ弁理士を目指し、そこからなぜ弁護士を目指したのか、お話を聞かせていただけますか。
鮫島:はい、一言で言うと、エンジニアは自分には合わなかったということですね。
ある仕事をやっていると、この仕事を一生やるのかと考えるじゃないですか。自分にはこれは無理だなと思って。
安高:そういう感覚はわかります。
鮫島:じゃあ何をしようかなと考えたのですが、これまで理系の勉強をしてきたし、せっかくだからエンジニア以外で理系の知識が生かせる仕事はないのかと。
今はもっと色々ありますけど、ベンチャーキャピタリストとかコンサルとかね。でも、90年当時は選択肢も多くなく、まだ若くて視野も狭かったですからわからなくて…資格でも取るかと。
理系の資格で、将来食っていけそうなものというと、技術士か弁理士かなと思ったのですが。エンジニアがダメな人が技術士を取るというのは矛盾なので(笑) 消去法的な理由で、弁理士を取りました。
安高:弁理士試験の勉強はいかがでしたか?
鮫島:それまで法律の勉強をしたことが無かったのですが、勉強してみて、法律はすごく性に合うなと思いましたね。比較的上手くいって、2年で合格しました。
安高:当時は合格率がかなり低いころですよね。法律のセンスがあったんでしょうね。
鮫島:平成3年合格なので、合格者数は100人くらいですね。
それで、当時の勉強グループの中にIBMの知財の人がいて、その方が繋いでくれて、IBMに入りました。
安高:企業の知財の中で知財戦略を学ぶには、IBMは一つの理想的な所のように思います。
鮫島:特に当時はそうですね。当時から米国の特許取得件数は、IBMが一位で、知財戦略をやるんだったら、IBMでやるのはいいんだろうなと。
安高:そこから司法試験を受けようと思った理由は何ですか?
鮫島:エンジニアよりはいいなとは思ったんですが、知財部で一生できるのかという同じ疑問ですね。
あとは、弁理士試験の時に思ったのですが、法律って面白いよなと。
知財法って、世界地図に喩えると辺境の領域じゃないですか。もっと、アメリカ大陸とかヨーロッパに相当する法領域を勉強したいと思いましたね。
安高:確かに、弁理士試験の勉強をすると、一般法についてもっと知識を深めたいという欲求に駆られます。
鮫島:最初は司法試験を受けるつもりではなく、法律の勉強がしたくて、夜間の大学の法律学部のようなところで勉強をしようと思っていたんですよ。ただ、どうも気合の入った学生さんがいないと聞いたもので。
弁理士試験を受けた経験からも、勉強するなら気合の入っている人たちの中でやらないとだめじゃないですか。
それで、気合の入った学生がどこにいるかといったら、司法試験の予備校だろうと。そういう理由で、LECの水道橋校に通いました。
安高:ではその時はまだ、純粋に法律の勉強のためであって、司法試験を受けるつもりではなかったんですね。
鮫島:そうですね。月に1回くらい小テストがあるのですが、復習をちゃんとするくらいの勉強で、結構上位にいけたんですよ。それで、ひょっとしたら司法試験もいけるんじゃないかと色気が出て。入って半年くらいしてから、司法試験受験に切り替えました。
安高:そこから、司法試験用の答練なんかも受けだしたということですね。
鮫島:そうですね、それで、2年目で短答試験は合格して、3年目で無事論文も合格しました。
安高:会社は辞めずに合格されたんですよね。当時は特に、働きながら司法試験に合格というのは珍しいんじゃないですか?
鮫島:家族もいたし、働かないと食えなかったですから(笑)
だから、24時間勉強に専念できる人たちとどう戦うか、色々とシミュレーションして、勉強の効率化を徹底的に検討してやっていましたね。
技術法務のススメ―事業戦略から考える知財・契約プラクティス(鮫島正洋)
事務所開業のきっかけ
安高:それでは司法試験に合格してから、今の内田・鮫島法律事務所の開業に至るまでの流れも教えていただけますか。
鮫島:司法修習を経て99年に登録して、最初は特許訴訟を非常に数多くこなす事務所に入ったんですよ。
ただ、訴訟はたくさんやるけど、企業の知財戦略についてのアドバイスなどはあまりなく、企業出身者としては、本当にこういうサービスでいいのか、という思いを持っていました。
それからすぐに、いわゆるビジネスモデル特許ブームが来たんですよね。それで、ビジネスモデル特許が分かる弁護士はいないかというニーズがあって、松尾綜合法律事務所で勤務していた同期の弁護士が紹介してくれて、入所しました。
安高:そこは、知財に強いような法律事務所だったんですか?
鮫島:いわゆるビジネス系法律事務所で、その一つとして知財はあるけど、知財が強い弁護士は他にいなかったんですよ。
ある意味ラッキーな状態でしたね。「鮫島君、とりあえず知財の相談は全部君だからよろしく」、という感じになって、とにかくたくさんの知財系の仕事をやりました。仕事的にはハッピーな時期だったかなと、今振り返れば思いますね。
その傍ら、小泉政権で、「知財立国」が大上段に掲げられる時期が来て。以前から「知財と経営のリンク」を標榜していたこともあり、パテントサイエンス研究会というものを作りました。ヘッドには特許庁を退官されたばかりの荒井寿光さんについてもらいました。
事務所の環境には満足していたのですが、「知財と経営のリンク」と法律事務所業にはミスマッチが生じてきたんですよ。
安高:事務所の方向とのミスマッチと、勤務弁護士としての窮屈さとのミスマッチですね。
鮫島:それで困ったなーと思っていたのですが、ある時、大ボスと話をしていて、「明日までに辞めるか、事務所の方針に従うか考えろ!」みたいなことになったんですよ。隣に座っていた内田弁護士と一緒に。
その時は謝って、ドアを出た瞬間に、「これは、辞めて独立するチャンスじゃないか」と内田と話して…(笑)
安高:内田先生とはそういうご縁だったんですね。知りませんでした。じゃあ独立はかなり急なことだったんですか?
鮫島:いや、以前から腹は決まっていましたから。遅かれ早かれ独立だなと。どうやって切り出すかなと悩んでいたので、一つのきっかけですね。
ただ、松尾先生のことは、経営者になった今だからこそ当時よりももっともっと尊敬しています。先生は、私の独立後も、クライアントさんに、鮫島目当てで来たのだったら、鮫島に仕事を出したかったら出してあげて構わないから、と言って頂いていたみたいですね。これは後から知ったのですが。今の経営者としての自分に、松尾先生のような度量があるのかどうか…
安高:そういうきっかけで独立されて、最初は二人で始めたんですよね。当時から技術法務のような業務内容ですか?
鮫島:当時は技術法務なんていう言葉はなかったですけど、コンセプトとして、やっていることはずっと変わっていないですよ。品質としては今のほうがずっと良くなってきていると思いますけど。
下町ロケットについて
安高:ここからは下町ロケットについてのお話を聞かせてください。下町ロケットに登場する神谷弁護士のモデルは鮫島先生ということで、確かに小説を読むと、鮫島先生のような雰囲気が所々に表れているように感じます。
この小説のモデルになったきっかけは何かあるんですか?
鮫島:池井戸さんとは飲み友達なんですよ。元々は友達の友達で、5,6人くらいで集まって飲んだときにいらっしゃったのがきっかけですが。その飲み会の後に、何回か二人で飲みに行くようになりました。
そうこうしているうちに、池井戸さんから、「鮫島さんは特許訴訟をやってるよね。そういうのをモチーフに小説を書いたら面白いかな?」「いや面白いかどうかは分からないけど」、なんていう会話をして、特許訴訟がどういうものかということを事務所でお話ししたんですよ。
それからしばらくした後に、本が出来ましたということで贈ってきてくれました。
安高:その間に、内容を確認したりアドバイスしたりということはなかったんですか?
鮫島:私も、特許訴訟について書くのなら、確認くらいはしますよと言ったのですが、作家としてのプライドがあるんでしょうね。職業意識は非常に高い方でしたから。
安高:じゃあ、一般的な話をしただけで、イメージを膨らませてあの作品を完成させたんですね。それは凄い。
鮫島:ええ、才能のある方です。私が一つだけ貢献したとすれば、「大企業が中小企業を訴えるって、どういう時か」と聞かれたんですよ。
それで、「普通はないでしょうね、大した損害賠償も取れないし、世の中のバッシングも受けるだろうから。」
安高:そうですよね。
鮫島:「ただ、中小企業の技術に惚れ込んで、買収をしようとする前に一旦痛めつけて買収価格を安くするという、あるとしたらそんなケースじゃないだろうか」とお答えしました。
安高:なるほど、それが小説の一つのプロットになっているわけですね。
もうすぐドラマ化もされますね。
鮫島:TBSのドラマ化に当たっては、実は監修もやっています。池井戸さんから続編についての相談を受けた時に、「鮫島先生が神谷弁護士のモデルだということは世の中に知れ渡ったし、私としてもTBSとしても、そのことを積極的に使っていきたい。ひいては、監修のようなことをお願いできないか」と言われまして、喜んでお受けしました。
安高:脚本に対して、色々指摘などしているのですか?
鮫島:そうですね。確かに、裁判の現場とか特許制度からすると、脚本が完全に正しいというわけではないのですよ。ただ、「テレビドラマ」という脚本の性質を考えたとき、そのような子細に拘ることにどれだけ利益があるんだろうと考えています。
安高:ドラマとしての見栄えを取るのか、法的正確性を取るのかということですね。
鮫島:そうです、実はこの描写が特許法との関係でおかしいなんてことが分かる人間は、全視聴者の中のごく僅かですからね。それよりもドラマとしての映えを取ったほうが良いというのが私の考えです。何もやっていないと思われると困るので、一応の指摘はしますけどね。
安高:神谷弁護士のキャストは恵俊彰さんに決まりましたが、自分がモデルになった役を恵俊彰さんがやるというのは、どういう感想ですか?
鮫島:芸能界のことは詳しくないのですが、非常に演技の上手い方だと聞いていますので、どのように神谷弁護士を演じるのか、楽しみですね。
安高:私は普段ドラマをあまり見ないですが、これは楽しみにしています。
鮫島:日曜9時からなので、普通の家庭人なら見られると思います。もちろん私も気合を入れて見ますよ。
連続ドラマW 下町ロケット [DVD] ※WOWOWで以前放送されたドラマ
下町ロケット2 ガウディ計画 ※予定されている続編
知財の活用について
安高:ところで、下町ロケットのようなストーリーって、知財人としては一度は夢見るような、知財を使って中小企業が大企業に勝つという理想的な展開です。
でも実際は、中小企業でも、大企業でも、なかなか知財を活用していくというのは難しいことだと感じています。
鮫島先生が様々な仕事をしていく中で、技術を持っている中小企業にとって知財が役に立つ事例というのは結構あるものですか?
鮫島:実際に、あそこまで劇的に知財が上手くいってということはなかなかないとは思いますよ。
だからといって、中小企業の現場で知財が役に立たないかというと、そんなことは全くありません。
技術開発に力を入れていて特許を取っているということで、対コンペティタというよりは、銀行さんとのリレーションもよくなりますし、しっかり特許を出すことによって、技術者のやる気が出るということも、技術力があるというPRにもなる。
現実的なキャッシュというよりは、もう少し無形的なものが多いんだろうなと思います。
安高:やっぱり、独占排他権を振り回してというより、無形的な効果のほうが現実味がありますよね。私たちもよく、特許を取る意味なんていうことを議論したりします。特に特許訴訟の少ない業界では、なかなか難しいことです。
鮫島:今言ったようなことは、大企業には当てはまりにくいんでしょうね。
今の流行として、「営業屋さんと特許」という観点があります。営業が商品のアピールをするときに、ちゃんと特許を取れているもので、品質も高いですよ、というものです。厳密には特許を取れていることと品質は関係ないかもしれませんけど。
肝心なのは、その時に特許のクレーミングをどうするかという議論です。これまではダイレクトコンペティタが侵害するようなクレームを書いていたけど、営業的な観点を意識するのなら、お客さんが侵害するようなクレームのほうが良いんじゃないか。またサプライヤーが侵害するようなクレームを作るとどんな効果があるのだろうかと。
ご存知だと思うけど、そういうクレームの調整って、最後の数文字を変えるだけで出来ちゃう場合があるじゃないですか。それをやるだけで、知財が、社内の色んな部署に影響を持てるとしたら、こういう発想をしないのはもったいない。
安高:なるほど、営業に使いやすいような特許のクレームという観点は、面白いです。
内田・鮫島法律事務所では、実際にどのような業務が多いですか?
鮫島:中小・ベンチャー企業向けには、知財法務部アウトソーシングサービスというものを提供しています。中小企業の知財部/法務部の代わりをしてあげますよというものですね。
例えば、こんな技術を開発しましたというときに、じゃあこの部分を特許出願して、ここから先はノウハウにしましょう、この出願をするならこの弁理士先生がいいですよとか。
安高:まさに、企業の中の知財部が通常行う業務内容ですね。特許出願自体はやらないわけですよね。
鮫島:特許事務所さんからのお客様のご紹介も多いので、特許事務所業界とも仲良くやりたいですから…
あとはアウトソース法務部でもあるので、例えば、この技術を使って大企業と提携するのなら、こんな契約条項を入れておいた方がいいよね、とか。
安高:大企業に対してはどのような業務を行っているのですか?
鮫島:大企業に対しては、侵害警告とか鑑定とか訴訟とかといったいわゆる特許弁護士的な業務が多いですね。
安高:中小企業と大企業の仕事とは、どちらが多いですか?
鮫島:会社の数だけでいうと中小企業のほうが多いのですが、売上だと大企業のほうが少し多いかなというくらいですね。
今後も、技術法務の観点から、良い技術を持っている企業のサポートをしていきたいと考えています。
安高:鮫島先生、ありがとうございました!
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