齋藤憲彦 × IPFbiz ~Appleに特許で勝った個人発明家~ (後編)訴訟裏話と知財司法の課題
2015/09/24
前編からの続きです。
アップルとのコンタクトから訴訟へ
きっかけは母親の発明?
安高:それではここからは、アップルとの訴訟に至った経緯、ファーストコンタクトのきっかけを教えていただけますか。
齋藤:特許出願は平成10年にしていたんですけど、あれは平成15年の初めくらいですね。iPodの2代目ですかね、タッチホイールを搭載しているものを、また電子小物おたくの友人から見せてもらって。
驚きましたよ。これは私の発明じゃないかと。訴訟ではクリックホイールが争われていますけど、タッチホイールも私の権利の範囲に入るんですよ。請求項では、複数の入力の組み合わせがありますからね。
安高:なるほど、iPodの製品を見て、これは自分の特許を踏んでいると思ったわけですね。
齋藤:やれやれ、ついに世の中に追いつかれちまったなと。でも、すぐには戦意は湧かなかったですね。
きっかけは母の特許なんですよ。当時、O-157が流行っていた時期で、カテキン入りの洗浄剤の発明をしたからと特許出願の相談を受けていて。
それで出願していたんですけど、そのあとコマーシャルで、カテキン入りの洗浄剤が売られていたから、これはけしからんと、じゃあ審査請求をかけるかと、相談に行ったんですよ。
発明協会で紹介してもらった甲府の商工会議所の発明相談で、カテキンの話をしたら、「まあやってみないこともないでしょう。調べてみましょうか」と言われて。
それでついでに、こんなiPodの特許もあるんですよ、と見せたら、「齋藤さん、すごい特許を持ってるじゃないですか」と言われて。だから私も、いっちょやってやるかと思って、先行特許を調べたんですよ。
そうすると、カテキンのほうはちょっと前に同じような出願がされていたから諦めたんですが、クリックホイールのほうはやっぱり近い先行文献が無いんですね。
発明協会とも相談して、早期審査をかけました。平成16年の3月くらいですね。
安高:そんなきっかけで具体的に動き出したんですね。カテキンの件がなければ、そのまま眠っていたかもしれないと思うと非常に面白いですね。
で、アップルへの連絡は?
アップルとのコンタクト
齋藤:アップルへは、平成15年の年末くらいに、電話しましたよ。
安高:電話は、どこにですか?
齋藤:アップルジャパンの窓口にですよ。おたくの製品に私の特許が関係しているから、特許関係の人と技術がわかる人とお話がしたいと。
====※筆者注====
ここらへんは、非常にエキサイティングで興味深いお話しだったのですが、ちょっとここで公開するのはまずそうな内容だったので、詳細は伏せます。
流れとして要約すると、アップルジャパンに連絡したところ、最初は相手にされなかったが、出願番号を伝えたところ、後に先方から会いたいと話があった。数回の面会の上、ライセンスは受けないが出願を買い取りたいという提案だが、ごく低額のため折り合わず交渉決裂、という流れのようです。また、出願番号や特許の内容などを伝えて交渉している途中で、クリックホイールを搭載した製品が出てきたという時系列です。
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齋藤:それで結局喧嘩別れをしたわけですが、なにしろ向こうの弁護士さんが凄かったから、自分も弁護士を探そうと思って。
特許訴訟を経験した友人に聞いたところ、相手方の代理人が優秀だったと紹介してくれたので、そこの事務所に電話したんですよ。ところが、今は別の大型訴訟で忙しいからお受けできないということで。個人の案件だったというのもあるのかもしれないけど。
ただ、その友人の訴訟で代理をやっていた先生は、HPを見たところもうその事務所にはいないようで、調べたところ別の事務所に移っていたんですね。その新しい事務所で先生の経歴を見ると、技術も特許も非常に分かる先生で、彼しかいないと思って、電話しました。それが上山先生です。
安高:なるほど、上山先生を指名するような形でお願いして、お受けいただいたんですね。交渉・訴訟において、弁護士さんの選定は非常に重要なファクターだと思います。特に本件のような難しく、長引いて、しかも個人特許の訴訟で最高裁の勝訴にまでたどり着いたのは、上山先生を含めた良い専門家との巡り合わせが大きかったんじゃないかと思います。
それから訴訟の準備ですか?
そして訴訟へ
齋藤:出願のほうも上山先生に見ていただきながら、アップルへの交渉も上山先生からしていただいていたと思います。ただ金額的に折り合わない。当時から数十億円くらいで要求していたと思うのですが、返事が芳しくない。
結局、特許が成立した後に、東京税関に申し立てをしたんですよ。
安高:おお、税関に。話し合いで上手くいかないときに、どういう手順でどこに行くかというのは、交渉戦略・訴訟戦略の腕前が問われるところですね。税関で差止できればAppleも相当慌てるでしょうからね。特許権侵害での税関差止は、ハードルが高い印象もありますが、どうでしたか?
齋藤:税関でも、小さい裁判みたいなものをやるんですけどね。税関に申し立てをした後に、アップルのほうから訴訟が提起されたんですよ。債務不存在確認請求ですね。
それで、訴訟が提起されていることもあって、税関のほうでは止まらなかった。だからこちらも反訴をして。
安高:そこから、裁判所でのやり取りが始まるわけですね。
====筆者注=====
裁判所でのやり取り、和解の交渉なども、色々と裏話や事情があり、非常に刺激的で興味深い話でしたが、やはりここで公開するのは問題がありそうなので、割愛します。あしからず。
簡単にまとめると、はじめのころは裁判所は進歩性無しの心証で、訂正審判をする権利も時機に逸するとして認められず、和解交渉を勧められたが、それは断固として断り、訂正審判をして、勝訴にまで至ったという流れです。
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判決について、日本の知財司法への思い
安高:かなり年数がかかりましたが、地裁判決が概ね維持されて、特許権侵害と3億円ほどの損害賠償金が認められました。感想はいかがですか?
齋藤:遅延損害が1億円ほどつきますから、約4億円ですね。
進歩性が認められて、特許侵害で勝訴できたのは嬉しいですよ。私の発明だと思っていますから。ただ額としては残念ですね。上山先生に申し訳ないと。
また、時間がかかりすぎましたね。10年かかりましたから。特許訴訟は、そんなに時間をかけるべきでないという社会的コンセンサスがあるはずです。
安高:時間がかかると、特に個人としては負担が大きいでしょうね。特許訴訟は通常は企業間の争いですが、本件のような個人の特許や、職務発明訴訟などでは、当事者たる個人の負担は一つの課題ですね。他にはありますか?
齋藤:まずは時間をかけすぎだということ。それと、もっと権利者に正当なジャッジと評価を与えていただきたい。
日本という国は、技術者を邪険に扱う国だということは皆が分かっている。その結果、良い技術者が中国や韓国に流れているという状況ですよ。
私は、技術の値打ちを正当に見積もれない元凶は、経団連だけだと思っていました。つまり、経営者に目利き力がないと。しかし、実際は、知財司法、知財の裁判所がそういう状況を作っている張本人なんです。
安高:私も、別の記事でも書きましたが、今回の3億円という損害賠償額は低すぎるのではないかという心証です。また、裁判所での最終的な判断、判例の積み重ねが、技術・知財に対する評価の相場を決めるというのは、その通りなのでしょうね。
齋藤:裁判所が、法律が、この技術にはこの程度のお金でお茶を濁しておけということをするから、国民全体がその程度の評価で当たり前だという認識になる。
そういう意味では、今回もまた、それを覆せなかった。結局、裁判所を突き崩さない限り、日本の技術立国、知財立国は広まらないですよ。
日本は、技術屋さんに一般的なこのくらいのお金を与えておけば十分だみたいな考え方になる。
今後のこと、4億円の使い方
安高:今回の判決で、特許侵害が認められたということは、一つの技術・特許で大企業に勝てるという意味での先例を作ったと同時に、損害賠償額という点では大きな課題も残したと考えています。
それでも、4億円(から色々差っ引かれた額)が手元に入ってくるわけですが、使い道は考えていますか?
齋藤:今はね、新しい入力装置を考えているんですよ。三次元眼鏡に関するようなものです。
クリックホイールは、私の発明をスティーブが全世界に広めたようなものだと考えているんですが、今度は、もっと強力な発明をして、スティーブなしでもう一度世界を取りたいと考えています。
すでに構想はあって、特許書類は書き始めています。自信作ですよ。
安高:特許で得たお金は、また新しい特許に回すわけですね。
齋藤:全く首が回らない状態から、45度くらいは回るようになるから(笑
安高:期待しています。本日はありがとうございました!
齋藤さん、ありがとうございました。
お会いした印象ですが、齋藤さんは、根っからの技術屋さんで、良い技術があれば全てをやっつけられると、世界をよく出来ると、そう信じているような、そんな人に見えました。そういう人をサポートするのが知財屋の役割だと痛感しました。
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