イギリス著作権法改正
以前にも、パロディについてやクラウド上の私的複製についてなど、ばらばらと紹介しましたが、2014年10月に施行されたイギリスの著作権法改正についてまとめようと思います。
イギリス著作権法の歴史
まずはこれまでの歴史から。
世界で最初に本格的な著作権について制定された法律は、イギリスにおけるアン女王法であると言われています。
著作権という概念は、印刷技術の出現と発展に伴って考え出されたものであり、無秩序に本が複写されることによる著作者・出版社の不利益を防ぐためのものでした。
したがって、出版・複写(複製権)について制限すべしという、出版社からの圧力が始まりです。
1710年にイギリスにおいて制定されたアン女王法は、著者に新たな権利を一定期間与え、その期間が経過後、その権利がなくなるというシンプルなものです。
この法案の正式名称は”An Act for the Encouragement of Learning, by vesting the Copies of Printed Books in the Authors or purchasers of such Copies, during the Times therein mentioned.”で、
直訳すると、「一定期間の間、印刷された本の複写を、著者やその本の購入者に帰属させることにより、学問の推奨を行う法律という意味です。
法制定時に既に出版されている本には21年間の、新たに印刷される本には最大28年間の排他的な印刷権を与え、その後はパブリックドメインになると定められています。
アン女王法により、ロンドンの出版社に一定期間の独占権が認められましたが、この法による保護期間満了後には、スコットランドなど地方の印刷業者による本の発行を防ぐべく、ロンドンの出版社が様々な裁判を起こしました。
その議論の本質は、
著作権が、創作行為により生じる譲渡不可能で期間無制限な自然権なのか、公益のために法律により付与された制限され得る権利なのかというもので、著作者の権利保護とユーザの利用利益のバランスという点で、現在にも通じるものがあります。
このような議論や判決を受けて、イギリスの著作権法は様々な改正がなされていきます。
まず1842年に、アン女王法に代わる著作権法(copyright Act of 1842)が成立します。
ここで、保護期間は「著作者の死後7年まで、もしくは公表時から42年のうち長い方」に延長されます。
続いて1911年には、ベルヌ条約ベルリン改正に対応すべく、保護期間を著作者の死後50年に延長し、登録要件の廃止、強制許諾制度などの改正を行いました。
1956年に、ベルヌ条約ブリュッセル改正に対応するための改正がなされ、
1988年には、ベルヌ条約パリ改正への対応と技術発展への対応のため、「著作・意匠・特許法」が成立しました。
1988年の「著作・意匠・特許法(Copyright, Designs and Patents Act 1988)」は、現在の基礎となっている法律で、当時には先進的な内容であり、デジタル複製技術に対応すべく、コピープロテクション付きの著作物を保護する権利が導入されています。
その後はいわゆるEC指令(情報化社会における著作権と関連権利の調査のためのEC指令)に対応すべく数回の改正がなされています。
また、1911年法からは、著作権侵害における法定抗弁が可能となり、その中に重要な要素であるフェアディーリングが含まれます。
そしてこの2014年10月に、また大きな法改正が施行されるに至りました。
以上のように、世界に先駆けて制定され、改正がなされてきたイギリスの著作権法ですが、今回の著作権法改正も、デジタル時代に対応した先進的な内容であると言えます。
イギリス著作権法改正のポイント
今回の著作権改正の大きなポイントは、
・引用・パロディ
・私的複製
・障害者
・研究・教育・図書館・アーカイブ
・行政機関
の5つです。
基本的には全て権利制限規定の拡充であり、
保護と利用のバランスから言うと、ユーザの利用の観点を重視した改正内容と言えるでしょう。
特に大きい(というか個人的に興味のある)上2つについてのみ、まとめます。
引用・パロディ
引用については、下記の条文が追加されています。
(1ZA) Copyright in a work is not infringed by the use of a quotation from the work
(whether for criticism or review or otherwise) provided that—
(a) the work has been made available to the public,
(b) the use of the quotation is fair dealing with the work,
(c) the extent of the quotation is no more than is required by the specific purpose
for which it is used, and
(d) the quotation is accompanied by a sufficient acknowledgement (unless this
would be impossible for reasons of practicality or otherwise).
引用の要件が明確化された感じでしょうか。
またパロディについても、下記の条文が追加されています。
30A Caricature, parody or pastiche
(1) Fair dealing with a work for the purposes of caricature, parody or pastiche does
not infringe copyright in the work.
(2) To the extent that a term of a contract purports to prevent or restrict the doing of
any act which, by virtue of this section, would not infringe copyright, that term is
unenforceable.
パロディに関する権利制限規定が設けられているのは、フランス、オーストラリアとイギリスくらいでしょうか。
日本でもパロディ許容の法改正の議論がされましたが、日本では阿吽の呼吸があり上手く回っているので、変に明文化しないほうが良いだろうという微妙な結論になっていたところです。
私的複製
私的複製については、
こちらのような改正がされています。
まず、28Bという条文が追加されました。
“28B Personal copies for private use
(1) The making of a copy of a work, other than a computer program, by an individual does not infringe copyright in the work provided that the copy—
(a)is a copy of—
(i)the individual’s own copy of the work, or
(ii)a personal copy of the work made by the individual,
(b)is made for the individual’s private use, and
(c)is made for ends which are neither directly nor indirectly commercial.
(2) In this section “the individual’s own copy” is a copy which—(a)has been lawfully acquired by the individual on a permanent basis,
(b)is not an infringing copy, and
(c)has not been made under any provision of this Chapter which permits the making of a copy without infringing copyright.
(3) In this section a “personal copy” means a copy made under this section.(4) For the purposes of subsection (2)(a), a copy “lawfully acquired on a permanent basis”—
(a)includes a copy which has been purchased, obtained by way of a gift, or acquired by means of a download resulting from a purchase or a gift (other than a download of a kind mentioned in paragraph (b)); and
(b)does not include a copy which has been borrowed, rented, broadcast or streamed, or a copy which has been obtained by means of a download enabling no more than temporary access to the copy.
(5) In subsection (1)(b) “private use” includes private use facilitated by the making of a copy—(a)as a back up copy,
(b)for the purposes of format-shifting, or
(c)for the purposes of storage, including in an electronic storage area accessed by means of the internet or similar means which is accessible only by the individual (and the person responsible for the storage area).
(6) Copyright in a work is infringed if an individual transfers a personal copy of the work to another person (otherwise than on a private and temporary basis), except where the transfer is authorised by the copyright owner.(7) If copyright is infringed as set out in subsection (6), a personal copy which has been transferred is for all purposes subsequently treated as an infringing copy.
(8) Copyright in a work is also infringed if an individual, having made a personal copy of the work, transfers the individual’s own copy of the work to another person (otherwise than on a private and temporary basis) and, after that transfer and without the licence of the copyright owner, retains any personal copy.
(9) If copyright is infringed as set out in subsection (8), any retained personal copy is for all purposes subsequently treated as an infringing copy.
(10) To the extent that a term of a contract purports to prevent or restrict the making of a copy which, by virtue of this section, would not infringe copyright, that term is unenforceable.”
(5)の(c)によって、クラウド上の複製が合法と整理されたことは、以前に紹介したとおりです。
また、私的利用の範囲で、CD等のリッピングも一定要件のもと合法と整理されることになります。
その他の条文でも複製規制技術との調整などが図られています。
クラウド上の複製が合法と認められた、という点だけを見ると、デジタル時代に対応して随分進んだ改正のような印象を与えますが、
実際には結構に要件が厳しく、日本や米国での運用実態と比べてどちらが緩やかかというと、なんとも言いがたい気はします。
日本では、まさに今審議会において、ゴリゴリと議論がされていますが、ベーシックなコンテンツロッカー型クラウドサービスにおいて著作物を保管する行為については、利用行為主体は利用者であり、複製行為は私的使用のための複製と整理され、合法行為であるという意見が大勢です。
また多くのクラウドサービスに付いている公開・共有機能についても、利用行為主体がユーザである以上は、公開共有機能が付いていること自体が問題ではなく、公開・共有という行動をとるユーザの行動態様が問題になるという意見が大勢です。
つまり、公開・共有機能が付いているクラウドサービスにおいても、他人の著作物の違法公開等をしない限りにおいて、そこに自分のための保存をする行為は問題ないということです。
イギリスの本改正条文においては、自分しかアクセスできない領域に、という限定が入っているため、素直に読めば行動態様ではなく機能の有無が問題になるように読めて、むしろ日本の現状の解釈・運用のほうが緩やかかもしれません。
立法をすると、緩やかに広げる目的で条文を作ったとしても、変な反対解釈で逆に狭く運用されることにもなりえます。
そう考えると、デジタル時代への対応のためには、クラウドとかコピーコントロールとか新しい技術用語を条文に逐次加えていくよりも、フェアユースのようなストレッチの効く一般条項を設けることこそ目的にかなうのかもしれないと、改めて思いました。
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