【TPP】著作権非親告罪化 現状の解説まとめと、諸外国と他法域の比較から検討
TPPによる著作権侵害の非親告罪化について、にわかに盛り上がってきています。
ThinkC・MIAUによる声明、コミケ準備会からの声明もあり、周りでも非親告罪化による影響を心配し、興味を持ち始めている人が増えているように感じます。
私も、基本的に非親告罪化に対して反対です。
ここでは少し冷静に、現状の事実の整理と、日本の他法域と諸外国の著作権刑事罰の比較から検討しようと思います。
TPP 議論の状況
NHKは著作権の非親告罪化が濃厚である旨の報道をしましたが、政府の説明によると報道は正しくなく、決定した事実は無いということです。
結局、今一番正確で信頼できる情報は、(変な話ですが)リークテキストということになろうかと思います。
そこで改めて、最新のリークテキストから該当箇所を紹介します。
まずは前提となる刑事罰について、(Article QQ.H.7.1)に下記のように述べられています。
Each Party shall provide for criminal procedures and penalties to be applied at least in cases of willful trademark counterfeiting or copyright or related rights piracy on a commercial scale.
「各国は商業的規模の商標・著作権侵害に対して刑事罰を課すべし」という内容です。
ここで重要なのは、「on a commercial scale」つまり商業的規模の著作権侵害について、という限定がされている点です。
この辺は後で詳述しますが、例えば米国では、商業的規模の著作権侵害についてのみ刑事罰が課されており、個人レベルで些細な侵害があったとしても、それは刑事罰が適用されないようになっています。
現状、日本ではこのような限定はなく(刑法から「故意」要件はありますが)、法律上は、些細なものであっても著作権侵害=刑事罰という作りです。
そして、非親告罪については、(Article QQ.H.7.6h)に下記のように述べられています。
each Party shall provide :that its competent authorities may act upon their own initiative to initiate a legal action without the need for a formal complaint by a private party or right holder.
「各国のオーソリティは、権利者等の告訴がなくともリーガルアクション(起訴・逮捕等)を取れるようにすべし」という内容ですね。
反対している国はベトナムのみで、日本は条件付で賛成となっています。
日本が付けている条件が下記の内容。
[JP propose: With regard to copyright and related rights piracy, a Party may limit application of this provision to the cases where there is an impact on the right holder’s ability to exploit the work in the market.]
非親告罪とするのは、権利者の市場での活動を阻害する程度の影響を与えるものに限る、という条件です。
「商業的規模」と「市場での活動を阻害する程度の影響」の違いは、正直よく分かりません。どちらにせよ、条約上での明文化や定義の合意がなければ、各国に解釈の裁量範囲はありそうです。
以上の内容からすれば、日本が出している条件が飲まれずにこのまま合意したとしても、著作権侵害をマルッと非親告罪化するのではなく、少なくとも商業的範囲に留めることは可能でしょう。
商業的範囲の定義については、国内法に落とす段階、あるいは司法で判断・定義づけがされると思います。
日本提示の条件が飲まれれば、さらに限定可能となります。
TPP交渉の内容はもちろんですが、TPP妥決後、国内法にどのように落としていくのかが現実的な焦点のようにも思います。
親告罪/非親告罪 他法域の比較
さて、続いて日本の他法域と比較しながら、親告罪と非親告罪についての検討。
刑事罰という性格を考えれば、原則は非親告罪で、例外的に、理由があるものについては親告罪としている、というのが現状だと理解しています。
一般的に、親告罪とする理由は、大きく3つに分類されます。
①犯罪の軽微性
②被害者の名誉等の保全
③家族関係の尊重
①の典型的な例は、器物損壊罪や過失傷害罪など。
②の典型的な例は、強姦罪やストーカー規制法違反罪など。
営業秘密の漏えい(不正競争防止法違反)も同じような趣旨で親告罪ですが、刑事手続きの特例が設けられ、刑事手続きによる営業秘密のさらなる漏えいのリスクが低減されたことから、非親告罪化されようとしています。
③の類型は特殊なので割愛。
著作権侵害が親告罪とされている理由は①の類型に近いですが、さらに、著作権法の保護法益は私権的側面が強く、刑事責任を追及するかどうかは権利者の判断に委ねることが適当という考え方と、行政的な理由があると言われています。行政的な理由というのはつまり、著作権侵害は国民の日常的な活動の中での些細なものが多く、また表現の自由とのバランスも加味してのことだろうと理解しています。
例えば特許権侵害は、以前は親告罪でしたが、平成10年法改正で非親告罪とされました。
過去に親告罪とされていた理由は①の類型に近く、特許権侵害は私益に関する面が強かったとされていたためですが、特許権者のほとんどが法人となり人格権の保護という色彩がなくなり、特許権の保護に公的性格の高まりがあったため非親告罪となりました。
なお、商標権侵害は、昭和34年法の制定時から非親告罪でした。
これは、商標法が需要者の利益を図ることも目的としており、公益性を考慮したものでしょう。
以上のことを踏まえて、改めて著作権侵害を親告罪とすべきか非親告罪とすべきかといえば、
著作権侵害が、軽微なものなのか、重大なものなのか、
あるいは私権的側面が強いのか、公益的側面が強いのか、
という観点で考えることになり、
どちらの側面もあり得る、というのが冷静な答えになろうかと思います。
著作権侵害には、巨大な海賊版サイトのような影響が大きく悪質なものから、日常における瑣末なもの、パロディのようなグレーなものまで様々なタイプが含まれます。
権利者が手をこまねいているような巨大で悪質なものに対しては非親告罪の有益性はあるでしょうが、
それによって一般国民の文化活動を萎縮させることのないよう、適切な条件を課すことが望まれます。
そして、そんな「適切な条件」という都合のよいものがあり得るかというと、立法上それはなかなか難しいように思い、そうだとすればフェアユース等の救済規定も無い日本においては親告罪のまま留めておく方が良いんだろうなというのが、今のところの私見です。
諸外国の著作権刑事罰と非親告罪
次に、諸外国の著作権刑事罰について、軽く調べた範囲で紹介します。(あまり正確じゃないかも)
親告罪/非親告罪の違いと、刑事罰範囲の限定、備考(フェアユース有無等)の3つで整理しています。
例えば米国では、非親告罪ではあるものの、刑事罰の範囲を商業的な規模に限定しており、またフェアユース制度も有しています。
ドイツでは刑事罰の限定はありませんが、原則親告罪とし、特別な公共の利益を理由とする場合のみ非親告罪としています。韓国もそれに近く、さらにフェアユース制度も有しています。
こうしてみると、ほとんどの国が刑事罰範囲の限定や、非親告罪範囲の限定、フェアユースなどで、些細な行為に対する公訴のリスクを低減するような手当てがなされていることが分かります。
仮に日本がこのままマルッと非親告罪とするのであれば、それはとても看過できないものでしょう。
まとめ
繰り返しですが、著作権侵害の非親告罪化(ついでに保護期間の延長も)について、私は反対です。
とは言え、パッケージとしてのTPP交渉の結果としてこのような形になるのは、ちょっと避けられないような気もしてきています。
そうだとすると、現実的に国内法に落とすときの文言や影響範囲も見据えた、条件交渉をしっかりとやってもらいたいです。
そしてもちろん、TPP交渉の段階でしっかりと声を上げることは非常に重要なことであって、ThinkC・MIAUや福井先生らの行動には本当に応援します。
日本の黙認と阿吽の呼吸によって醸成された文化が壊されることのないように祈ります。
関連記事:著作権非親告罪化のメリット・デメリット ~許諾と黙認の違い~
関連記事
-
香月啓佑×IPFbiz ~インターネットユーザー協会(MIAU)の活動~
対談シリーズ第23回目、今年の締めは、一般社団法人インターネットユーザー協会(M …