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知財立国が危ない/荒井寿光 レビュー

   

「知財立国が危ない」

日本企業は知財で勝って事業で負けるなどと叫ばれて久しいが、この人がそう言うと言葉に重みがある。

 

荒井寿光氏は、歴代の特許庁長官の中でも、知財行政に強い影響力を与え続けている一人である。

1996年~1998年に特許庁長官を務め、2003年~2006年の間、初代の知的財産戦略推進事務局長を務めている。

わが国の知財行政を振り返るに、2002年、当時の小泉首相が「知的財産立国」宣言をし、知財戦略大綱が取りまとめられ、知財基本法の制定と知財戦略本部の設置がされたのは、日本の知財行政におけるエポックメイキングな出来事であった。

これをきっかけとし、知財推進計画の策定、知財高等裁判所の新設や、知財強化の法改正、信託業法改正による知財証券化の解禁など、まさにプロパテントとしての動きが進められてきた。

これらの動きの中心にいたのが、当時の荒井寿光事務局長であろう。


思えば、私が知財業界に飛び込んだのも、当時の小泉首相の知財立国宣言に鼓舞されたからであり、そして荒井氏の書籍を読んでは、知財の重要性を再考させられたものである。


荒井氏の著書は、1997年の「これからは日本もプロ・パテント(特許重視)の時代 」から始まる。

本書で、早い段階からプロパテントの重要性を示し、そして2002年の「知財立国―日本再生の切り札100の提言 」では、知財立国のための複数の提言をしている。
その多くは実際に形になっており、知財立国宣言から一連の流れは、まさに荒井氏の思い描いていたビジョンそのものではないだろうか。

2006年の著書である「知財革命 」は、知財立国宣言からの急速な動きと、グローバルな視点での知財ビジネス関連の動きを、知財の革命として紹介している。
そこでは、「日本もやれば出来る」といった日本の急速なプロパテント化の動きが、ある種誇らしげに書かれている。

そして、8年以上の間を空けて出てきたのが今回の書籍だ。

知財立国の立役者である荒井氏が、まさに今、知財立国の危機感を示している。

本書は、科学ジャーナリストである馬場錬成氏との対談形式で、彼らが問題に思う日本知財の状況と、その対策について語られている。

その内容自体は、普段から知財に接しているものにとっては、さして目新しいものではない。
知財でも日本を追い越そうとする韓国と中国の状況。日本の知財裁判の問題点。技術流出の問題、クールジャパンやTPPなど。


しかしこの本を読み、改めて考え直さなければならないのは、2006年の「知財革命」から2015年の「知財立国が危ない」までの間に、何が起こっていたのかということである。

2000年前半は、知財の伸びしろに夢を持っていた。日本という国は、今後知財で成長していくのだと。しかし最近では、特許権を取ってどうするのかと、熟考している企業ほどその根源的な問いに悩み、特許軽視(アンチパテント)の考えが頭をもたげている。

本書中でも、荒井氏は自分のしてきたことが不十分であったという反省の言を述べている。知財立国宣言からの改革は、形式的には十分なものであったように思えるが、現時点でそれが成功だったか失敗だったか評価を問われると難しい。

それでもやはり、知財業務に関わる人間としては、知財をいかに事業に活用するかという基本的なことを、愚直に、具体的に進めていく他ないと思う。

本書は様々なテーマに話が及ぶが、現在の日本知財の問題を、全体像として網羅しているように思われる。知財の専門家でない人に読んでもらいたい。

 - 書評

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Comment

  1. 薬也 より:

    私の認識では、日本の知財立国はアメリカのレーガン政権時のプロパテント政策(ヤングレポート)に強い影響を受けていると思います。ヤングレポートはアメリカ産業界からの要請だったような記憶です。これをトヨタの奥田氏が強く推し進めたような気がします。私には十分想定できました。

    その後、アメリカはMS,Appleなどの新興企業が隆盛を極めます。私は、いずれもエンジェル(投資家)の存在が大きいのではと勝手に思っています。この投資家たちが、できたばかりの企業から何を担保に取るのか?

    一方、90年代に日本でもベンチャー企業がもてはやされますが、企業が融資の際に重視するのは、P/L、B/S、担保です。

    この辺の金融文化(安全志向)が解消されないと日本では難しいと思います。

    ただ、遅かれ早かれ知財が資本主義経済の重要な歯車なると思います。日本がそれに乗り遅れないようにするにはどうすればいいのか?私は、TPPの知財で主導権を握ることだと思います。

    な~んて。かって思っています。
    薬也さんの独り言です。

    では、また。

  2. shiro ataka より:

    薬也さん

    コメントありがとうございます!
    投資家や金融文化の問題は根深いですよね。単に法改正で証券化の対象に含めただけでは、ほとんど活用されなかったですし。
    あとは本書にも強く書いていますが、訴訟の文化も大きいのだろうと思っています。

    TPPは、、今のところ振り回されっぱなしのようですね。

    • 薬也 より:

      しかし、IFRSでは無形資産の科目が整備されました。これは影響が大きいと思います。でも、無形資産は、特許だけでなく顧客情報なども入っていますから、???と思うところがあります。

      それと、アクチュアリーどうなりました?

      ぜひ、宣言してください!

      では、また。

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