4-1-2.実施料率認定の考慮要素
実施料率の認定に当たっては、様々な要素が考慮される。特に平成10年法改正により「通常」の文言が削除されたことを受け、個別事案の事情がより勘案されるようになったと言われる。
しかし残念ながら、それら考慮要素が、どのように定量的に働いて最終的な実施料率が認定されたかは不明の場合が多く、特段の計算式のようなものがあるとも考えにくい。
だが、少なくとも、相場の実施料率をベースとしつつ、各考慮要素によって、それを上下変動させていると推測される。
まずは、どのような要素が考慮されるのか、考慮要素について列挙・整理をしていく。
近年の判例を見るに、下記のような要素が実施料率認定に当たって考慮されている。
・同業界の実績値(平均値等)
・原告の実施許諾例
・特許発明の内容
・特許発明の技術的意義
・特許発明自体の価値
・特許発明の効果と顧客が重視する機能
・特許発明の売上・利益への貢献
・代替物の有無
・侵害品の販売価格、数量、時期等
・侵害者の販売努力
・原告と侵害者との関係
・市場における原告、侵害者の地位
これらをカテゴリーとして整理すると、大きく3つの要素が考慮されると考えられよう。
1つ目は、実施料率の「相場」である。
この要素を細分化すると、他社事例の調査結果などによる業界相場と、権利者による類似の実施許諾例とがある。
業界相場の資料としては、「実施料率〔第5版〕」(発明協会研究センター編)が最も多く採用され、次いで近年は帝国データバンクの調査データが採用されている。
事例としては多くないが、権利者による類似の実施許諾例があれば、それも同じように考慮される。他社の例による業界相場よりも、自社の例による相場のほうが重要視されるであろう。
これら相場をベースの数値とし、後述の2つの要素を考慮して、実施料率を上下調整させていると考えられる。
2つ目は、「特許発明の侵害品売上・利益への貢献度合い」である。
これを認定するに当たっては、さらに、
特許発明の内容が何であり、作用効果は何であるか、
一般的に被告製品の購入に際して顧客が重視する機能は何であり、それと特許発明の効果とを照らして売上に貢献しているか、
特許発明の技術的に新しい部分は何であり、技術的意義は何で、どの程度の価値(革新性)があるか、
といった要素を認定する必要がある。
これらをまとめると、要するに、「特許発明の侵害品売上・利益への貢献度」と整理されよう。
当然、特許発明の貢献度合いが高いほど、実施料率は上ぶれする。
代替品の有無も、この下位概念の考慮要素の一つと捉えられる。つまり、代替品が無い特許発明であれば、その製品の販売に当たって特許発明の実施は必須のものであり、貢献度は高いと考えられる。
また、侵害者の販売努力も、この下位概念の考慮要素の一つとなる。
つまり、侵害者が通常より高い販売努力を示しており、その広告等の結果売上が上がっていると言う場合は、売上全体に占める特許発明の貢献度合いは低いと考えられる。
なお、侵害者の広告資料等において、特許発明の機能が重視されPRされているかとった要素も同じく考慮される。
最後の3つ目が、原告と被告の関係である。
裁判例の中には、原告と被告とが市場において競合関係にあることや、市場におけるシェアの状況を考慮要素に挙げているものがある。
原告と被告とが競合関係にあるならば、通常はライセンスを出すことは想定しにくく、したがって実施料率を上げる方向に働く要素であろうと考えられる。
なお、そもそも、102条3項における損害賠償額推定の際の実施料率が、通常にライセンス契約を行う際の実施料率と同程度で良いのかという問題がある。
つまり、ライセンスを受ける際には、特許権に無効理由があるかもしれないし、厳密には製品が特許権の権利範囲に含まれないかもしれない、そういうリスクを抱えながら、安全な取引のためという観点もありライセンスを受ける。一度契約をすると、後に無効理由が明らかになった場合等でも契約解除できないこともある。
一方で特許訴訟で損害賠償額を算定する場は、これらの点を争った後である。逸失利益を補填する趣旨とは言え、通常の実施許諾例と同じ実施料率が適用されるとすれば、まさしく侵害し得ということになりえる。
したがって、相場の実施料率は、訴訟において認定される実施料率の下限値であるべきだという意見もある。つまり、侵害という事情を考慮して実施料率を高く認定すべきだという意見で、実際にそのような判断がされた裁判例もある。
心情としては非常に共感できるが、逸失利益と捉えたときに、侵害だから高額にすべきということにどれだけ理論的合理性があるのかは分からない。
とにかく、原告と被告との関係や、市場での立場、あるいは交渉の経緯など個別事情をも参酌され、実施料率が認定される。
これら、大きく分けると3つの要素が、実施料率の認定において考慮される。
なお、これらの考慮要素自体は、ライセンス交渉の場においても参考になると考えられる。
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