4-1-1.102条3項規定の趣旨
2015/10/11
特許法102条3項は、特許権者は侵害者に対して、その特許発明の実施に対しうけるべき金銭の額を損害額として賠償請求できると規定する。
即ち、損害の額を「実施料相当額」と推定する規定である。
この規定は、特許権侵害に基づく損害賠償請求の最低額を保証したものだと理解されている。
なお、本規定はあくまでも損害賠償請求の最低額を規定したものであり、逸失利益とは異なる概念だという見方がされているようだが、私はそうは思わない。
「特許権侵害における逸失利益とは」の章で述べたとおり、本来得られるはずであった実施料が侵害行為(許諾を得ない行為)によって失われていたのであるから、実施料相当額は逸失利益の一態様と捉えるのが自然であろう。
つまり、権利者が競合品の販売等を実施している場合の逸失利益が1項(又は2項)で体現されており、これは差止請求に対応するもの。
一方、権利者が競合品の販売等を実施していない場合の逸失利益が3項で体現されており、これは実施許諾に対応するものである。
一般的には後者のほうが額が低いだろうが、逸失利益の一つの態様であり、逸失利益と異なる最低額が保証されていることではないと考える。
そのように考えれば、102条1項・2項が否定された範囲で3項の適用が可能かという論点も、ロジカルに整理されると思われる。この点は後段の章で述べる。
102条3項は、1項・2項のような適用要件のハードルがなく、権利侵害の事実(と損害の発生)が立証できれば、102条3項に基づく損害額を請求できるため、特許訴訟において広く用いられている。
1項・2項を主位的請求とし、予備的請求として3項が使われることもある。
一般的には、1項・2項に比べると低額になることが多いが、稀に、3項のほうが高額となることもある。
なお、本条について、損害額の最低限を法定したにとどまらず、損害の発生をも擬制したとする説もある。
平成10年法改正により、「通常」という文言が削除された経緯がある。
改正前は、「通常」という文言があるために、業界の実施料相場という意味合いになり、損害額が低く算定されるという指摘があり、「通常」という文言が削除されることによって、事件の具体的事情を勘案した算定が可能となったとされる。
実施料相当額という言葉自体、通常の実施料の相場という意味合いが読み取れるため、相当実施料額という言葉を使うべきという意見もある。
ここでは、広く言いなれた実施料相当額という言葉を使いたい。深い意味は無い。
実施料相当額の算定に当たっては、売上高に実施料率を乗ずる算定方式と、売上個数に単位数量当たりの実施料額を乗ずる算定方式とがあるが、前者の方式が取られることが一般的である。
従って、102条3項の損害額を算出するに当たっては、実施料率をどのように認定するかが重要な事項となる。
実施料率を認定するに当たっての考慮要素を、次の章で考察する。
また、特許発明が侵害製品の一部分である場合、例えば部品部分のみが侵害に当たる場合などに、損害額算定のベースとなる売上高を、製品全体の売上高とするか、部品部分のみの売上高に当たるものを算定してそれをベースにするかという論点がある。
後者の場合、寄与率(利用率)といったパラメータを乗じることがある。
この妥当性についても、後段の章で考察を行う。
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