グリー対Supercell特許訴訟の解説と、明細書・クレームの書き方の注意点
グリー対Supercellの「クラクラ」特許訴訟について、原告である特許権者グリー敗訴の判決文が出ました。
クラクラのレイアウトエディタ機能は、本件特許権の範囲ではない、ということです。
権利侵害のポイントとなった部分の解説と、それを踏まえてのクレーム・明細書の書き方の注意点についてまとめます。
特許権の内容
訴訟の対象となったのはこちらの特許(特許第5952947号:特許公報)です。
クレーム(権利範囲)の解説に入る前に、ざっくりどんな特許かを説明します。
ゲームのプログラムに関する特許ですが、前提としているのは、まさにクラクラ(クラッシュ・オブ・クラン)のような、自分の村を作りながら、他のプレイヤーの村を襲撃したり襲撃されたりするオンラインストラテジーゲーム。
その村の作成において、様々なユニットを自分の村に配置するのですが、適切な組み合わせというのがあって、村が襲撃されて破壊されたり新たな村を作るたびに、同じような配置を手作業で作り直すのは面倒。
ということで、テンプレートを作っておいて、それを選ぶことで記憶しているテンプレ通りのユニットの配置をしますよ、というのが主だった権利の範囲です。
クレームは下記のとおり。
記憶部を備えるコンピュータの制御プログラムであって、
プレイヤからの指示に基づいて、少なくとも他プレイヤの攻撃から防御するためのゲーム媒体を含み得るゲーム媒体をゲーム空間内に配置することによりゲームを進行させるこ
とと、
ゲーム媒体の配置位置を規定する、他プレイヤの攻撃に対する防御に用いるテンプレートを作成することであって、プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置を前記テンプレートとすることと、
前記ゲーム空間内に配置されたゲーム媒体の種類及び位置と、前記テンプレートと、前記テンプレートに対応するサムネイルと、を前記記憶部に記憶することと、
前記ゲーム空間と、所定のボタンと、を含むゲーム進行画面を表示することと、
前記ゲーム進行画面において、前記所定のボタンがプレイヤによって選択されたことに応答して、テンプレートに対応するサムネイルを含むテンプレート選択画面を表示することと、
前記テンプレート選択画面において、プレイヤの指示に応答して、特定のサムネイルに対応するテンプレートを選択することと、
前記選択されたテンプレートを適用することと、
を実行させる、コンピュータの制御プログラム。
ゲーム媒体というのはユニットのことなので、ざっくり言い換えると、
・プレイヤの指示でユニットをゲーム空間に配置して他プレイヤからの攻撃を防御するゲームで、
・テンプレートを「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置」として作成して、
・ユニットの位置やテンプレに対応するサムネを記憶して、
・所定のボタンを選択することでテンプレを選択して、
・テンプレを適用する
プログラム。
下線を引いた部分が訴訟のポイントなのですが、これは一見すると非常に分かりにくいので、
まずは明細書(実施例)では典型的にはどのようなことが想定されているかを説明します。
こちらが実施例を説明する図面。400で指示している空間全体が「ゲーム空間」です。
そこに●や■等のユニット(ゲーム媒体)を設置します。
そして、ユーザが範囲を指定することで、テンプレートが作成されます。
401が「範囲」で、410が「テンプレート」です。
範囲の指定に際しては「任意の二点のタップにより、当該二点を対頂点とする範囲が選択される」と説明されています。
つまり、ゲーム空間のうち、ユーザが範囲を指定することで、その範囲内に置かれたユニットをテンプレートとして記憶する、というのが典型的な態様です。
しかし、本特許では、審査の過程において補正を加え、
「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置を前記テンプレートとする」という限定を加えました。
「ゲーム空間の全体」というのは、明細書には登場しない言葉です。そしてその補正の根拠として、先ほどのプレイヤがゲーム空間のうちのテンプレートが作成される範囲を指定するという記載を挙げた上で,プレイヤがゲーム空間の左上の点および右下の点をタップすることで,ゲーム空間の全部の範囲を選択することができることは自明であると述べています。
つまり、実施例ではゲーム空間のうち一部の範囲を指定してそこをテンプレートとする内容のみが書かれているのですが、
ゲーム空間の端から端を指定することで、ゲーム空間全体をテンプレートとすることもできるはずで、そのゲーム空間全体をテンプレートとして記憶する、という限定をわざわざ加えて権利化をしているのです。
なぜこのような補正をしたのか。次に訴訟の対象となったクラクラの仕様を見てみましょう。
クラクラのレイアウトエディタ
クラクラは、Supercellが提供するゲームアプリで、まさに特許の説明に書いたようなオンラインストラテジーゲームで、「レイアウトエディタ」という形で、作成した村の配置をテンプレートとして記憶して適用する機能を提供していました。
ただし、テンプレートとする範囲が、特許の明細書とは微妙に異なるのです。
クラクラのレイアウトエディタは、まず編集をする村を選択して、
そこで村全体に対して様々な編集を加えて、記憶する、という機能です。(画像はhttp://clash-of-narita.com/layout-editor/からお借りしています)
つまり、ゲーム空間から範囲を指定して、指定された範囲の配置をテンプレートとするのではなく、村全体の配置状態をテンプレートとして記憶するという機能です。この点が特許の実施例とは異なります。
侵害の検討
ここからは想像ですが、訴訟で使われた特許について、おそらくクラクラのような、範囲を指定してそこをテンプレートとするのではなく、村全体(ゲーム空間の全体)をそのままテンプレートとするものも権利範囲に含みたいという理由があり、請求項にわざわざ「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置を前記テンプレートとする」という限定を加えた特許を取りに行ったのではないかと思います。
ということで、侵害論のポイントは、「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体に配置済のゲーム媒体及びその配置位置を前記テンプレートとする」という構成が、クラクラの村全体の配置を記憶する構成と同じであると言えるかどうか。
「選択」という言葉をどう捉えるか次第ですが、請求項だけを見て、言葉通りに解釈するのであれば、どの村(ゲーム空間全体)を記憶するかを単に選択することも選択に含まれるので、権利範囲に入るようにも思われます。
しかし、判決においては、明細書の実施例においては、プレイヤが範囲を指定することでテンプレートの範囲を指定するという態様しか記載されておらず、ここでの「ゲーム空間の全体」に配置された状態をテンプレートとするという意味も、意見書において「ゲーム空間の左上の点および右下の点をタップする」ことでゲーム空間の全体をテンプレートとすることができると説明していること等を参酌して、
本件各発明のテンプレートはゲーム空間内の所定の範囲について作成,適用されるもので,その範囲についてプレイヤが定めることが記載されており,原告もそのことを前提として,プレイヤがゲーム空間内の全部の範囲をテンプレートの範囲とすると定めることによりゲーム空間の全体が選択されることになるという意見を述べたといえる。
と認定しています。
そのうえで、ここでの「選択」についても、
「プレイヤによって選択されたゲーム空間の全体」における「選択」とは,テンプレートの作成について,プレイヤがテンプレートとするゲーム空間内の一定の範囲を選択することを前提として,テンプレートを作成する際に,プレイヤがゲーム空間内の全部の範囲を選択することを意味するものと解釈するのが相当である
としてます。
そうすると、クラクラでのレイアウトの作成(テンプレートの作成)においては、ゲーム空間から所定の範囲を選択するという動作は含まれないため、権利範囲には入らない、と結論付けられています。
クレームの解釈において、かなり明細書や意見書の記載に踏み込んで参酌しているので、ちょっと厳しめな判決にも思えますが、元々のクレームが結構無理やりの補正によるものなので、結論としては妥当かな、という感覚です。
クレームと明細書の書き方の注意点
では、権利化の段階でどのようにしていれば、権利侵害とできたのか。
もちろん、テンプレートの作成において、範囲を選択するという構成要件が無ければOKというのが第一回答です。
しかし、改めてクレームをよく見てみると、テンプレートの作成において範囲を選択するとは一言も書いていません。あくまでもゲーム空間の全体を選択して、その配置状況をテンプレートとして記憶するという点が書かれているだけです。
つまり、クレームだけを見ると、上手くごまかしてよい具合に権利化できているように見えます。
しかし、訴訟においては、権利範囲やクレームの語句は明細書の記載を参酌され、その実施例においては、範囲を選択するという態様しか記載がされていない。そのせいで、テンプレートの作成における「選択」という語句を限定解釈されているのです。
したがって、もし出願段階に戻ることが出来るのなら、テンプレートの作成のバリエーションとして、実際の実施例以外にどのようなものがあり得るかを考え、単に村全体をテンプレの対象とするような実施例もバリエーションとして加えておけば、おそらくクレームは今のままでも権利範囲に入ると解釈されるのではないでしょうか。
特許権の権利範囲は原則としてクレームで決まるので、一番重要な書類は特許請求の範囲であることは間違いないですが、
クレームドラフトの着手の前に、できるだけ実施例のバリエーションを広げた上で、それらを網羅するようにクレームを考える。
当たり前のことで、みんなが分かっていることですが、やっぱり難しい。
改めてそう思わされる判決でした。
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