特許査定率上昇の原因
2014/08/21
興味深いレポートが、特許庁から出ています。
とてもマニアックな内容ですが、とても面白い。
下記のようなテーマについて、調査分析をしています。
(1)我が国における発明の単一性の要件の変更による出願件数への影響に関する分析(2)我が国における特許査定率上昇と拒絶理由の相関分析(3)主要国における特許文献の技術分野別の分布と先行技術文献調査の効率性の分析(4)我が国における新規性喪失の例外に関する分析(5)東アジア(日本以外)地域における審判関連情報の統計分析(6)意匠制度と商標制度の相互補完に関する分析(7)諸外国における産業財産権に関する経済分析手法の事例研究(8)知的財産活動調査の調査設計
特に興味深かったのは、
(2)我が国における特許査定率上昇と拒絶理由の相関分析
日本の特許査定率には、時系列的に大きな増減があり、
最終処分年ベースで、2006年には48.5%だったものが2012年には66.8%となっています。
出願年ベースで見ると、さらに激しい増減となっていますね。
その原因について各種観点から分析し、一定の結論を導いています。
原因の仮説として検討しているのは大きく2つ
①出願から審査着手までの期間(審査着手ラグ)が短縮していること
②出願人による特許出願の厳選
まず①審査着手ラグの短縮については、下記のように結論付けています。
分析の結果、審査着手ラグの短縮は、出願の審査において引用される引用文献を、出願日を起点として、より古いものへと変化させると同時に、進歩性の欠如のみを拒絶理由とする拒絶理由通知を増やすことが明らかとなった。他方で、そうした拒絶理由の構成の変化は、技術分野別の違いとしては最終的な特許査定率を上昇させる効果が確認されたものの、時系列の変化としては査定率上昇の要因とはなっていない可能性が高いことが示唆された。
審査着手の短縮に伴う引用ラグの長期化の要因としては、審査着手までの期間が短くなることで、文献の検索可能性が低下すること(PCT 出願の翻訳文が提出され日本語の検索データベースで検索できるまでにタイムラグが存在することや、非特許文献の収集にもある程度の時間が必要であること、ほかの審査官のサーチ結果がデータベースに蓄積されるのにも一定の時間がかかること等が影響している可能性がある)等が考えられる。また、本分析では、他庁のサーチ結果を利用できなくなることも引用ラグの長期化の一因となっている可能性が示された。ただし、その影響は基本的には着手ラグが短縮されたことによるものであることも示唆されている。
また②出願人の厳選の影響についても下記のように考察していますが、その影響は限定的だという判断です。
さらに、分析の結果によれば、出願人による審査請求対象案件の厳選も特許査定率の上昇に寄与している。特に発明者数、付与 IPC 数の増加や PCT 出願割合の上昇は最終特許査定率を有意に上昇させる効果が確認された。ただし、対象案件の厳選による特許査定率の上昇効果は、相対的には非常に小さいと推測される。
そして、特に①審査着手ラグの短縮の影響を鑑みて、下記のような「出願人の早期権利化ニーズへの対応と、適切なサーチとのトレードオフの関係」が懸念されています。
本研究の結果は、出願人の早期権利化ニーズへの対応と、適切なサーチとの間にはトレードオフの関係が存在することを示唆しており、審査着手の早期化に当たっては、検索可能性の向上(例えば PCT 出願の翻訳文の提出期限の短縮)や審査官の増員等、サーチの質に対する負の影響を緩和するような施策を同時に行っていく必要があるといえる。また、審査着手期間の短縮は、出願人のニーズの大きい発明を優先的に対象とするような工夫も必要と考えられる。
うーん、確かに審査着手ラグによる影響もあるだろうけど、
それが一番大きな要因だとは思いにくいです。
たぶん、審査に一番影響を与えるのは、審判と裁判の判断。
結局、審査段階での拒絶査定が不服審判で全く維持されないようなら、
審査でも特許査定寄りになるし、
審判段階での拒絶審決が取消訴訟でことごとく取り消されるようなら、
審判合議体の心証も特許審決寄りに傾く。
仮説ですが、①審査段階の特許査定率、②審判段階の特許審決率、③審決取消訴訟での審決維持率の3つを時系列で並べると、
③が先導して、それを②が追っかけ、さらにそれを①が追っかける形になっているのではと予想します。
この仮説が正しいとすれば、
①の膨大な審査データを解析するよりは、より少ない②の審決のデータ、
さらには③の裁判官の考え方の変遷やその背景について考察をするほうが、
しっくりくる結論が得られるんじゃないかと思います。
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