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知財訴訟制度の改革(損害賠償額、差止請求、権利の安定性等)

      2015/11/02

知的財産戦略本部の「知財紛争処理システム検討委員会」第1回が開催されました。

知財訴訟における損害賠償額、権利の安定性や、差止請求の在り方など、これまで課題とされてきた点について議論を行い、知財訴訟制度の改革をしようという重要な委員会です。

残念ながら傍聴には行けませんでしたが、第1回の資料などが公開されていますので、内容について紹介いたします。

 

「知財紛争処理システム検討委員会」とは

まず、本委員会のきっかけは、「知的財産推進計画2015」において、重要3本柱の一つとして「知財紛争処理システムの活性化」が挙げられたことです。

知財紛争処理システムの機能を強化して、活用を促進すべしと、下記のような内容が課題として記載されています。

知的財産高等裁判所の設立から 10 年経ち、我が国の知財紛争処理システムは、産業界や実務家から一定の評価が得られているものの、利用状況や利便性において改善を求める声も強い。国際的なシステム間競争にさらされていることを十分考慮し、我が国の知財紛争処理システムの在り方を検証すべき時期にある。
このため、我が国の知財紛争処理システムの一層の機能強化に向けて、権利者と被疑侵害者とのバランスに留意しつつ、証拠収集手続、損害賠償額、権利の安定性及び差止請求権の在り方について総合的に検討し、必要に応じて適切な措置を講ずる。

これを受け、知財戦略本部の「検証・評価・企画委員会」にて、本委員会を開催することが決定しました。

年度内取りまとめを目指し、以下の論点について議論します。
① 権利者の立証負担を軽減するための証拠収集手続の改善
② ビジネスの実態を反映した損害賠償額の実現
③ 権利付与から紛争処理を通じての権利の安定性
④ 差止請求権の在り方
⑤ その他(中小企業の支援等)

知財紛争処理システム委員会施策

委員は下図のとおり

知財紛争処理システム委員

特に日本の損害賠償額が他国と比べて低いことや、原告の勝訴率の低さ、訴訟件数自体の少なさは、従来から指摘されてきたことですね。

今回、改めて推進計画2015の俎上に上がったのは、特許庁側の強い意向もあったように聞いています。

日本で特許を取っても、無効になりやすいし損害賠償額も低いし勝ちにくいし、ということになると、日本で特許を取る意味が低下し、それなら米国と中国で特許を取っておこうと、知財権の空洞化が進んでしまう。
これまで3大特許庁(今は5極特許庁)の一つとしてグローバルに牽引してきたJPOにとっては、それなりに強い思いがあるのではないかと思います。私も同じです。

 

検討スケジュールとしては、
第1回(今回)に差し止め請求権について、第2回に権利の安定性、第3,4回で証拠収集手続き、第5回で損害賠償、第6回で中小企業支援等を検討し、第7回来年2月にとりまとめ、という予定です。

第1回では全体概要の説明と、差止請求権の在り方について議論があったようですが、ここではまず、各論点について一つずつ概要を紹介しておこうと思います。

 

① 権利者の立証負担を軽減するための証拠収集手続の改善

一つ目は、訴訟における証拠収集手続きについて。

特許権侵害訴訟で適正な審理がなされるには、十分な証拠が提出される必要がありますが、侵害証拠等の証拠は原告側ではなく被告側に偏在しているため、権利者による侵害の立証が困難という問題があります。

現在も、104条の2(具体的対応の明示義務)や105条(文書提出命令」など一定の条文はありますが、これでは十分ではないと言われています。

一方の米国では、ディスカバリーという非常に強力な制度があるのですが、ディスカバリー対応はあまりに負担が大きく、日本にもディスカバリー制度を入れろとまで主張している人は多くないように思います。

それではどのような制度が望まれるのか。どのような証拠収集手続きが必要なのか、あるいは推定規定のほうがいいのか、という論点です。

資料には下記のように個別論点が挙げられています。

 個別論点①:現行の争点整理手続における、特許法第104条の2(具体的態様の明示義務)に関する課題は何か。課題があるとすればどのような改善策があるか。

 個別論点②:現行の証拠調べにおける、特許法第105条(書類の提出等)(以下「文書提出命令」という。)に関する課題は何か。課題があるとすればどのような改善策があるか。

 個別論点③:現行の特許法第105条の4(秘密保持命令)に関する課題は何か。課題があるとすればどのような改善策があるか。

このテーマに関しては、あまり行き過ぎて米国のディスカバリーのようにならなければいいなと考えています。

 

② ビジネスの実態を反映した損害賠償額の実現

2つめが損害賠償額について。

個人的には一番注目しているテーマです。

日本の損害賠償額は他国と比べて低い水準にある。これは特に異論のないことだと思いますし、十分な知財制度、そして強い産業力を日本が発揮していくためには、侵害行為に対して十分な損害賠償額が求められると考えています。

なお、資料では、「損害賠償額への不満」「納得感が得られる損害賠償額」と、なんとなく裁判所への気遣いが見られる表現となっています。

個別論点としては、下記3つが挙げられています。

 個別論点①:現行の特許法第102条各項に関する課題は何か。課題があるとすればどのような改善策があるか。

 個別論点②:現行の寄与率に関する課題は何か。課題があるとすればどのような改善策があるか。

 個別論点③:民法第709条の特別規定としての法的性質に係る課題は何か。課題があるとすればどのような改善策があるか。

個別論点①の102条の推定規定に関する課題を考えるには、まず個別論点③の民法709条の法的性質を考える必要があります。

つまり、日本の損害賠償とは、あくまで「逸失利益の補填」という性格があること。
これが米国とはそもそも大きく異なります。

一般的な不法行為や有体物に対する侵害行為については、この考え方で問題がないかもしれませんが、無体物たる知的財産権の侵害においては、特に102条3項の実施料相当額の賠償しか求められない場合には、「侵害し得」という問題が生じます。

ちょうど、というか、TPPにおいても「法定損害賠償、または追加的(懲罰的)賠償」の国内法への導入が求められており、これも国内法の性質との適合が問題となっているところです。

個人的には、102条1項・2項の推定規定は、規定っぷりとしては今のままで概ね問題ないと思うのですが、3項については、少し思い切った改革(立法手当なのか解釈指針なのかは分かりませんが)がされるといいなあと思います。

そして、102条1項2項の推定規定については、まさに個別論点②で挙げられている「寄与率」の問題が、損害賠償額を切り下げている要因かなと思います。

こちらは運用論・解釈論として、(一部は3項にも絡みますが)手当がされ、裁判所の考え方が変わっていくといいなと思います。

 

③ 権利付与から紛争処理を通じての権利の安定性

3つ目は権利の安定性について

日本の特許訴訟は原告の勝訴率が低いと言われますが、その要因の一つが権利の安定性、つまり特許の無効率の高さにあると言われます。特に104条の3の規定により、訴訟における攻撃防御のバランスが防御者有利になっています。

そこで、権利付与段階における審査の品質向上はもちろんですが、制度として何か手当が出来ないかという検討です。

資料には、「進歩性判断については産業の成熟度合い・競争力・海外の状況を加味しながら産業政策上の判断として特許庁が適切かつ迅速に行うべきとの指摘もある」と書かれています。
これは産業界からの要望というよりは特許庁側の思いのような気もしますが。

個別の論点としては下記2つが挙げられています。

 個別論点①(紛争処理の段階): 行政処分によって付与された特許権に関し、特許庁による無効審判制度があるとともに、民事訴訟である特許権侵害訴訟においていわゆる無効の抗弁規定(特許法第104条の3)があるが、このような制度の在り方についてどのように考えるべきか。

 個別論点②(権利付与の段階): 審査・審判の在り方についてどのように考えるべきか。

このテーマに関する私の個人的な見解は、
確かに特許庁で特許にしたものを裁判で簡単に無効判断されてしまうと困るけど、とはいえ裁判で特許の有効性を一切争えないというのはおかしな話で、104条の3という制度自体は、動かしがたいのではと思います。

これに関しては運用論で、審査の品質向上と、審査・審判・裁判の連携、すり合わせが現実的な解かなと思います。

 

④ 差止請求権の在り方

続いて、差止請求権についての論点。
これ以外の論点は、すべて権利強化に働く方向ですが、この論点だけは権利を制限する方向での検討となります。

現在の日本の法律では、特許権等を侵害している場合は、当然のものとしてすべて差止請求をすることができるようになっています。

物権的権利としての当然の権利だと。

しかし、特許の藪がこれだけ発生している現在、ちょっとした侵害ですべて差止を認めると、産業の発達を逆に阻害しかねません。
この問題が特に顕在化するのは、「標準必須特許」と、いわゆる「パテントトロール(PAE)」の問題。

これら一定の場合には、差止請求権を制限する必要があるのではないかという論点です。

個別論点は下記の2つ

個別論点①:標準必須特許の場合における差止請求権の行使の制限の在り方について、特許権の価値に与える影響も考慮し、どのように考えるべきか。

 個別論点②:PAEによる権利行使の場合における差止請求権の行使の制限の在り方について、特許権の価値に与える影響も考慮し、どのように考えるべきか。

まずは標準必須特許とPAEの場合の2つについて、検討されるようですね。

なお、米国では差止命令を出すかどうか、差止めの範囲は裁判所の裁量事項であると解されていて、eBay判決にて、
① 権利者に侵害を受忍させた場合に回復不能の損害を与えるかどうか、② その損害に対する補償は金銭賠償のみでは不適切か、③ 両当事者の辛苦を勘案して差止めによる救済が適切かどうか、 ④ 差止命令を発行することが公益を害するかどうか、
という差止の4要件が示されています。

このような差止請求の範囲を制限する動きは、欧州でも追随しているようですし、中国ではさらに広く、デファクトスタンダードとなっているものへの差止請求を制限することが検討されているという噂を聞きました。

個人的には、
排他権たる特許権において、差止請求は確かに根源的な救済手段なのですが、現状に照らして考えると、個別論点に挙げられているような場合は差止請求を認めるべきではないと考えます。
純粋に、どちらの制度にしたほうが産業発達に資するかという政策的観点からです。

さらにもう少し踏み込んで、米国のような要件を満たす場合にのみ差止を認めるとしてもいいくらいに考えています。

 

⑤ その他(中小企業の支援等)

最後がその他の論点。
中小企業の支援等と書かれていますが、これは中小企業だけの問題だけではない、実は重要な論点です。

個別の論点は下記2つ。

 個別論点①:訴訟遂行のための負担が中小企業による紛争処理システムの利用を阻害しないよう、印紙代を含む裁判に関する経費の検討など、負担軽減のための必要な措置について、どのように考えるべきか。

 個別論点②:地方における知財専門家へのアクセスの支援について、どのように考えるべきか。

印紙代については、実は損害賠償額が低廉となっている一つの要因ではないかと言われていますし、やはり、単純に高すぎるように思います。
ここは、さくっと印紙代の計算制度を変えてもらえればいいかなと。

2つ目は、地方における知財専門家へのアクセス支援。
これも重要でしょうけど、個人的には、知財訴訟情報へのアクセス、つまり訴訟の情報公開をもっと進めて頂けるといいなと思います。

 

まとめ

以上、それぞれの論点について簡単に紹介しました。

この委員会での結論如何で、日本の知財制度が今後盛り上がるかどうかが決まるといっても過言ではない、重要な委員会だと思って注目しています。

年度内にとりまとめが出されますが、ぜひ思い切った議論をお願いしたいです。

 - 知財戦略

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